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January 22, 2007
香港びっくり体験 その1

chai.jpg
::チャイさんと。
  この写真だと、「三上の野郎、痛めつけてやれ」って感じだ。


『孔雀王』での香港体験はカルチャーショックの連続だった。

日本の俳優は日本語で、香港の俳優は広東語で話して、日本では日本語に香港では広東語に吹き替えて上映すると聞いて、主演の三上博史くんは唖然としたらしい。しかも、香港テイストの映画になりそうだとわかって、撮影前の衣裳合わせからご機嫌斜めで、香港側のプロデューサーであるゴールデンハーベスト社副社長のチャイさんや監督とも口をきかない状態。

僕が「感じ悪くてすみませんね」と言うと、チャイさんは「昔、アメリカから来た俳優も態度が悪かったけど、顔だけ傷つかないように痛めつけたら、言うこと聞いたよ」と笑いながら答えた。もちろん、冗談なのだろうが、僕はぞっとした。「香港へ行ったら、日本でいつもやってるみたいにケンカしちゃダメだぞ。コンクリートで固められて、海に捨てられるから」と自称香港映画界通の知人に言われていたからだ。

香港のびっくり体験は、まだまだ続く。



January 18, 2007
新たな23年

風邪っぽいと思っていたら食中りになり、あまりに痛いので、夜中にERへ。

体中のいろんな問題が明らかになって、帰ったら仕事しちゃうからダメだと言われ、そのまま入院。結局、一週間入院して、昨日、無事に退院した。おかげで体重は4キロ減って、血圧も血糖値も正常になった。

不味く、しかも制限された食事でも我慢して一週間を過ごせたのは、看護師さんがみんな明るくて親切だったから。しかも、女性は美人揃いで、日本でモデルをやってたという人までいた。

これまでは、その日、食べたいものを食べたいだけ食べるという生き方をしてきたと思う。これからは、食べたいものをできるだけ食べ続けられるように、明日を考える生き方をしようと思う。

入院中、いろんなことを考えていて、自分の人生が23年周期であることにも気づいた。生まれて23年目に映画の仕事に就き、次の23年で50本の映画を作ってきた。そして、今日から新たな23年が始まる。



January 07, 2007
パームスプリングス

parker.jpg
::http://www.theparkerpalmsprings.com/


一昨日の夜はLAの日本領事館で、甘利経産大臣を囲む食事会があり、ロイと出席。『硫黄島からの手紙』の脚本を書いたアイリス・ヤマシタさんと会う。知的でチャーミングな、ポジティブなオーラを放つ女性だった。

そして、昨日から、初めてパームスプリングスに来ている。LAから車で3時間ほどの、砂漠の中のリゾート。泊まったのは、パームスプリングスを代表する(と言われている)「PARKER」というリゾートホテル。

しかし、期待外れもいいところ。スイートに泊まったのだが、メッセージランプが点滅しているので聞いてみたら、前の宿泊客へのメッセージが残っているし、隣の部屋の声は聞こえるし、DVDが映らないので担当者に来てもらったが、明日の朝にならないと直せないと言うし、バスタブは浅いし、シャワーの水圧は弱いし、自慢の朝食も大したことないし、満足したのはスパで受けたマッサージだけだった。



January 04, 2007
いちせ会

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::今年最初に会った、街角の猫。


神戸に帰ったので、散歩した。ポートタワーにも数十年ぶりに上ってみた。「ウルトラセブン/ウルトラ警備隊西へ」に登場する赤い鼓型のタワー。ちなみに、「ウルトラマン/怪獣殿下」に出てきた大阪タワーは10年前に閉業している。

porttower.jpg
::スタイル抜群のポートタワー。


今日は、「いちせ会」30周年の同窓会。最初に8ミリ映画を作ったのは、中学3年の時のときだった。中高一貫教育の学校だったから、同じ仲間がそのまま高校に上がり、「いちせ会」というサークルを作って、次々と映画を作った。前にも書いた「ウルトラQ No.29 闇が来る!」のほか、江戸川乱歩の「赤い部屋」や、北海道にもロケをした「理想郷伝説」など、6年間で18本の8ミリ映画を作った。

あれから、もう30年。多くの仲間やお世話になった先生方にも集まっていただいて、楽しく幸せな時間を過ごした。

widesaturday.jpg
::「闇が来る!」を作ったときに、朝日放送の番組の取材を受けた。
  前列左から、僕、戸川一平こと西條康彦さん、
  江戸川由利子こと桜井浩子さん、レポーターだった河原崎長一郎さん。


10年前の集まりのために編集した本の中で僕は、「何百人というスタッフやキャストに囲まれ撮影している時に吸う空気の匂いは、あの頃、芦屋の山で吸った空気と同じ匂いがする。海外の映画祭で、何千人という観客を前に自分の映画が始まる時の胸の高まりは、あの頃、文化祭の階段教室で味わった興奮と同じだ。すべては、いちせ会の頃の楽しさが忘れられなくてやっていることなのだ」と書いている。僕は、今もひとりで、「いちせ会」に残っているのだ。



January 01, 2007
さようなら、実相寺監督

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::元旦の朝、白味噌のお雑煮を作った。


「ウルトラマン」でも「ウルトラセブン」でも「怪奇大作戦」でも、監督の作品はズバ抜けてカッコよかった。

『帝都物語』がフランスのアボリアッツ映画祭から招待されて行ったとき、いつもは服装なんて構わない監督が、お洒落なスーツをビシッと決めて流暢なフランス語で挨拶をした。カッコよかった。

俳優や取材に来た記者がくだらない質問をすると、「そんなこと聞いてどうするの?」って顔をして、ときには、はっきりとそう言ったりもした。カッコよかった。

実相寺監督は、僕にとって、この世で一番カッコいい映画監督だった。監督の作品を観て育った24歳も年の離れた僕とも友達のように飲み、くだらない話をいっぱいした。いつも、楽しかった。監督はシャイだから、はにかみながら、でも満面を崩して笑った。その笑顔が忘れられない。

監督、さようなら。僕はもう少し映画を作り続けます。

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::「D坂の殺人事件」の打ち上げで、三輪ひとみちゃんをはさんで。
  ひとみちゃんが抱いているのは、監督の愛息・ちな坊。